なぜ働いていると本が読めなくなるのか
集英社新書
三宅香帆著
最近広島のイベントに参加した際に、電車移動の合間に読む本を本屋で探していたところ、この本が目に留まった。読書が好きな人はどこにでもいるのに、働きながら本を読み続けている人はあまり見かけない。自分も仕事に余裕があるときか、仕事から離れているときにしか本を読まない。タイトルにある問いは、実際に本が読めなくなってしまった人ほど興味を持つであろうキャッチーな内容である。
本文の半分以上は読書という行為の文化史をたどるような構成で、社会構造の変化や日本人の労働形態の変化から、読書という行為がどのような意味を付与されてきたかを論じている。読書史の大半は男性の労働と強い関わりがあるとわかり、当事者としては強い関心を以て本文を読み進めた。列挙された情報は多すぎず少なすぎず、よく調べていて有用であった。本文の潮目が変わるのは176ページ以降で、ここから読書という行為が「ノイズ」であるとして、労働や生活、ほかの情報媒体によって読書が排される構造的な原因を述べている。情報社会ではノイズもろとも情報を取り込み咀嚼する力が重要であるが、なるほど現代人は過重な労働によって情報を咀嚼する力が弱まり、ノイズ無しの情報を求めがちであるということだ。この読書ノイズ説に基づき、さらに情報の選択やコミュニケーションに関する考察がなされる。
最終章は現代人を縛っている労働の在り方について論じているが、正直なところこれは蛇足であると感じてしまった。本書のテーマは本が読めなくなる原因であって、その対策(働いていても本が読める方法)は主たるテーマではない。文句だけ言っていても先に進めないので建設的な提案をしたというのはまったくもって適切なことであるが、労働問題に関する社会学的・経済的考察はそれがテーマの本でより深く知ることができるため、わざわざこの本で読む気分にはなれなかった。しかしこういう思考もまた、ノイズを避けたがる現代人の特徴か。読むのにかかった時間は6時間くらい、電車の移動時間とスタバで一服する時間で読み終わった。
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